12月6日(金)20:00放送の「あしたも晴れ!人生レシピに出演される産婦人科医・高尾美穂さん。
NHKの『あさイチ』など、さまざまなメディアにも登場しており、そのお顔を見たことがある方も多いのではないでしょうか。
高尾美穂先生のキュートなオフショット!
(出典:高尾美穂インスタグラム)
さて高尾美穂先生といえば、特徴的なのがソフトモヒカンの髪型!その髪型の理由が気になりますね!?
絵本『タンタンの冒険』シリーズが好きで、主人公のタンタンの髪型をまねています。(出典:wendy-net 2023年7月)
タンタン(出典:prtimes)
なんと、絵本の主人公・タンタンが高尾美穂さんモヒカンヘアの由来だったのですね!
(出典:wendy-net)
ここではそんな産婦人科医・高尾美穂さんの年齢や出身校(高校、大学)、そして生い立ちや実家の家族構成や結婚などについて詳しく紹介していきます!
高尾美穂のプロフィール
産婦人科医・高尾美穂先生(出典:minnanokaig)
名前 | 高尾 美穂 たかお みほ |
生年月日 | 1974年7月8日 |
年齢 | 50歳 |
出身地 | 愛知県名古屋市 |
(出典:高尾美穂X)
高尾美穂さんは、誕生日が7月8日である、と自身のSNS(X)で公表しています。
(出典:高尾美穂X)
高尾美穂先生のXのアカウントの「78」は、誕生日が由来しているんだね!
(出典:日経xwoman 2024年1月15日)
また高尾美穂さんは「40歳手前(39歳頃)に慈恵医大附属病院産婦人科を退職」と語っており、これを基に計算すると、2024年現在で50歳であると推測されます。
高尾美穂の学歴
小学校 | 愛知教育大学附属名古屋小学校 |
中学校 | 愛知教育大学附属名古屋中学校 |
高校 | 愛知県立旭丘高校 |
大学 | 愛知医科大学医学部 |
大学院 | 東京慈恵会医科大学大学院 |
・高尾美穂さんは、過去のインタビューで「国立の小中学校」を卒業していると語っています。
・出身地が愛知県名古屋市であることから、小学校と中学校は愛知教育大学附属名古屋小学校・中学校であると推測できます。
(出典:高尾美穂オフィシャルサイト 2015年6月1日)
また、高校については、自身のオフィシャルサイトで、出身高校は「県立旭丘高校」であると記載されています。
中学卒業後、高尾美穂さんは愛知県立旭丘高校に進学しましたが、この旭丘高校は愛知県内でも難関校として知られ、偏差値は71に達します。
実際、高尾美穂さんは小学校時代から勉強と運動が得意で、通知表はオール5だったことから、県内トップの進学校に進んだのも納得ですね。
高尾美穂の経歴
高校卒業後、高尾美穂さんは、愛知医科大学医学部を卒業後、東京慈恵会医科大学大学院を修了しました。
その後、東京慈恵会医科大学附属病院の産婦人科助教を務め、東京労災病院の女性総合外来などを経て、2013年から女性のための統合ヘルスクリニック「イーク表参道」の副院長に就任しています。
- 愛知医科大学医学卒業
- 東京慈恵会医科大学大学院修了
- 東京慈恵医科大学附属病院 勤務
- イーク表参道 副院長(2013年~現在)
フラミンゴ好きの高尾美穂先生。好きが高じてこんな被り物も(出典:高尾美穂インスタグラム)
高尾美穂が慈恵医大病院を辞めた理由
ここで、なぜ大学病院を退職?と疑問に思われる方もいらっしゃるのではないでしょうか。
高尾美穂先生が慈恵医大病院を辞めた経緯は、30代後半に差し掛かり、自分のパフォーマンスや集中力が落ちていることに気づいたことから始まります。
特に、夜間の分娩当直やその翌日の外来診療、手術などで長時間働くことが続き、睡眠不足が体調に悪影響を及ぼしていることを実感したといいます。
「慈恵医大の産婦人科医として働いていましたが、夜の当直で睡眠不足になり、体調不良に悩んでいました。
そこで、40歳手前で慈恵医大を辞め、イーク表参道の副院長に転職しました」(出典:日経xwoman)
睡眠医学の専門家に学ぶ中で、体調不良の原因が「睡眠不足」にあることが分かったという高尾先生。
睡眠時間をしっかり確保しないと、仕事の質や自分の健康に悪影響が出ることを痛感し、働き方を変える必要性を強く感じたと言います。
ちょうど、彼女が師事していた教授が退官するタイミングでもあり、その機会に40歳手前で大学病院を辞め、2013年からイーク表参道で副院長として勤務を開始しました。
大学病院で働いている限り、当直は避けられないものね
「夜中は絶対に寝ていたほうがいい」という確信のもとで決断したそうよ
高尾美穂の肩書は?
高尾美穂医師は、産婦人科医としての枠を超え、スポーツドクター、産業医、さらにはヨガ指導者としても活躍する非常に多忙な医師です。
彼女の多くの肩書きは、すべて「女性が健やかに生きるためのお手伝いをしたい」という強い想いから生まれたものです。
では、どのような道のりを経て、このような多才なキャリアを築いてきたのでしょうか?
(出典:magniflex)
スポーツドクターを目指した理由
素朴な疑問として「どうして産婦人科医がスポーツドクターに?」と不思議に思う方もいるかもしれませんね。
確かに、スポーツドクターは通常、整形外科医が目指すことが多い分野ですが、産婦人科医がその道を選ぶのは非常に珍しいことです。
実際、高尾美穂医師がスポーツドクターの資格を取った当時、同じような道を歩んだ医師は日本に100人もいなかったそうです。
それでも、高尾先生には強い理由がありました。長年ヨガを学び、指導してきた経験から、運動が心と体に与える良い影響を深く実感していており、「この素晴らしい効果を科学的な知識で裏付け、より多くの人に伝えたい」と考え、新しい挑戦を決意したのです。
産業医として働く理由
さらにもう一つ、高尾美穂医師が目指したのは「産業医」です。産婦人科医が産業医として活躍することもまた、あまり一般的ではありませんが、彼女は働く女性を支えるためにこの道を選びました。
企業での働き方やストレスの実態に触れる中で、特に女性特有の課題に取り組みたいという思いが強くなった高尾医師。
現場に足を運んで多くの学びを得た結果、その経験が今、働く人々の支えとなっています。
高尾美穂医師が契約している企業
現在、高尾美穂先生は産業医として以下の企業で活動しています。これらの企業と契約し、働く人々の健康を支える役割を担っています。
- 株式会社 DOME UNITED 産業医
- 株式会社 ヘルスケアシステムズ 顧問医師
- 株式会社 東急スポーツオアシス 顧問医師
- aiwell 株式会社 顧問医師
- 野村不動産ライフ&スポーツ 株式会社業務委託医師
- 株式会社 ティップネス業務委託医師
- 株式会社 イーウェル業務委託医師
- 株式会社 MTI 業務委託医師
- 大塚製薬株式会社 業務委託医師
(出典:高尾美穂オフィシャルサイトhttps://www.mihotakao.jp/profile)
高尾美穂は結婚して子供は?
高尾美穂の結婚・夫について
高尾美穂さんは結婚されています。
夫の名前は、高尾洋之さんといい、脳神経外科医をされています。
・高尾洋之(たかお・ひろゆき)
・1975年東京都生まれ
・東京慈恵会医科大学脳神経外科学准教授、
・2001年東京慈恵会医科大学医学部卒業後、同脳神経外科入局。
・米国カリフォルニア大学留学、厚生労働省医政局勤務を経て、2015年より現職
しかし、2018年から夫が重度のギラン・バレー症候群を患い、現在も療養中です。旦那さんの病状には特殊な支援機器が必要で、日常生活にもサポートが欠かせません。
そのため、高尾美穂先生は仕事がある中で、24時間付きっきりでの看病が難しく、現在は別々に暮らしているとのことです。
旦那さんの高尾洋之医師は現在リハビリ回復中で、病床にいながらも本を執筆したり、文字を大きくしたり、声で操作したり、画面を読み上げてくれたりするデジタル機器を活用して仕事をしているんだ。
高尾洋之著:闘病した医師からの提言 iPadがあなたの生活をより良くする(2022年6月)(出典:Amazon)
高尾美穂は子どもはいる?
高尾美穂先生にはお子さんはいらっしゃらないようです。
代わりに、3匹の猫を飼っており、「ななちゃん」「きーちゃん」「銀ちゃん」という名前の猫たちと一緒に暮らしています。
(出典:ourage)
これらの猫たちは、2016年に高尾先生が引き取った保護猫で、家族として楽しく過ごしており、彼女にとって猫たちは子供のような大切な存在となっているそうですよ。
3匹の愛猫が高尾先生にとっては大事な家族なんだね!
高尾美穂の実家の家族構成
高尾美穂さんは、父親、母親、そして7歳年上の兄との4人家族で育ちました。
温かい愛情に包まれた家庭環境の中で、高尾美穂さんは医師を目指す道を自然に歩むことができたと言えます。
父親
橋梁専門の建築士
高尾美穂さんの父親は橋梁(橋)専門の建築士。海外の技術を学びながら仕事に励む父の姿を見て高尾美穂さんは育ちました。
父親の真摯に仕事に向き合う姿勢は、高尾さんに大きな影響を与え、医師を目指す原動力となったそうです。
高校時代、美穂さんは学校の先生から「東大文系への進学」を勧められることもありましたが、大学進学を考える中で、お父さんのように自分の仕事に直接つながる学びをしたいと考え、医師を目指す決心をしたのだそうです。
高尾先生が医者を目指したのは、お父さんの影響も大きかったのね
高尾美穂先生は2歳からバイオリンも習っていたとのこと。裕福な家庭で育ったことがわかりますね(出典:高尾美穂インスタグラム)
母親
大学で日本文学を専攻し、自宅で茶道を教える先生
高尾美穂さんの母親は、大学で日本文学を学びながら、自宅で茶道を教えていました。
家には茶室がいくつもあり、お弟子さんや大人たちが頻繁に出入りする賑やかな環境の中で、高尾美穂さんは育ったそうです。
また、母方の伯父も医師であり、医師という職業は幼いころから身近なものだったようです。
高尾さんの母親のお兄さんも医者なんだね!
兄
外科医として活躍中
高尾美穂さんには7歳年上のお兄さんがいます。お兄さんもまた、医師として活躍しており、外科医として忙しい日々を送っています。
医師一家の中で育った高尾先生!先生が医者になったのも納得ね
家族とのエピソード
両親からの贈り物~万年筆
高尾美穂さんは、中学の誕生日にご両親から万年筆をプレゼントされ、その万年筆を今も大切にしているそうです。この万年筆は、単なるプレゼントではなく、家族の愛情を感じる大切な宝物であると言います。
母親が日本文学を専攻していたこともあり、家には筆や万年筆が身近にあった高尾さん。そのため、自然と「書くこと」に親しんでいき、日記を書くことも苦にならなかったそうです。
子どもの頃から書くことが好きだったという高尾美穂先生(出典:magniflex)
高尾美穂さんは手帳には気に入った言葉を書き込んでいるんだよ。
年が新しくなるたびに、気に入った言葉を毎年新しい手帳に書き写していたそうですが、その作業が大変だったため、「いっそ印刷しちゃえばいい!」と思いつき、オリジナルの手帳「TEAM FLAMINGO」を作ることにしたそうです。
オリジナル手帳は2023年から制作・販売を開始しています(出典:minnanokaig)
高尾先生は大のフラミンゴ好き!オリジナルの手帳にもフラミンゴが
オリジナルの手帳「TEAM FLAMINGO」高尾先生の直筆文字で素敵な言葉が書かれれています(出典:magniflex)
オリジナルの手帳「TEAM FLAMINGO」高尾先生の直筆文字で素敵な言葉が書かれれています(出典:magniflex)
高尾美穂の小学生時代
高尾美穂さんは、国立の小中一貫校に通い、小学生の頃から抜群の成績を収めていました。
勉強に対して非常に真面目で、学習塾にも通いながらどんどん先に進んでいったそうです。なんと、小学6年生で中学3年生の内容を終えていたと本人が振り返っています。
大手塾の全国模試では、ほぼ毎回1位を獲得しており、通知表はオール5が当たり前だったとか。
体育も得意!ソフトボールからテニスまで
高尾美穂さんは、学業だけでなくスポーツにも積極的に取り組んでいました。特に兄とのキャッチボールがきっかけとなり、小・中学校ではソフトボール部に所属。
身体を動かすことが大好きだった高尾さんは、その後、高校でバレーボール部、大学では公式テニス部にも入部しました。
中学校での辛い経験
いじめの始まり
中学校に進学した高尾美穂さんは、周りの生徒たちの多くが中学受験を経て入学した生徒たちでした。
成績が優秀だった高尾さんは、「お前がいると自分たちの内申点が不利になる」といった理由で、3年生のときにはいじめにあうことになったのです。
これって、勉強ができる高尾先生へのやっかみだよね!
物理的ないじめ
高尾さんが登校すると机の上に花瓶が置かれていたり、スリッパに画びょうが打たれていたりと、嫌がらせは目に見える形で続いていました。
それでも、高尾さんは部活動もしていたため、クラスでの嫌がらせを受けつつも、特に人間関係に大きな問題を感じることはなかったと言います。
「どうせ、そのイジメている同級生たちとは高校は別になるから辛いのは今だけ」と発想を切り替えて、賢くやり過ごしたらしいわ
家族の支えで乗り越える
いじめに悩んでいた美穂さんを支えたのは、何よりも家族の存在でした。両親は、彼女の気持ちをしっかりと受け止め、全面的に味方になってくれたそうです。
「学校だけが全てではない、自分の居場所は他にもたくさんある」
この言葉を両親からもらい、精神的に支えられた美穂さんは、大きな安心感を得ることができました。
家族からのサポートがあったからこそ、辛い時期を乗り越え、勉強に集中することができたのですね。
医師を志すきっかけ
母の病気
高尾美穂さんが医師を志すきっかけとなったのは、小学4年生のとき、母親が乳がんを患い、手術を受けたことがきっかけでした。
そのとき、母親は家族に心配をかけたくない一心で、病気のことを一切話さず、乗り越えようとしていたのです。
その後、このことを知った美穂さんは、母親の深い愛情と配慮に気付き、同時に寂しさを感じたといいます。
医師を目指した理由
この経験を通して、美穂さんは「大切なことを素直に話せる、信頼される人になりたい」と強く思うようになったといいます。
そして、それが医師を目指す決意へとつながりました。母親の病気に対する思いやり、家族のサポートが、美穂さんにとって大きな転機となり、今の道を歩む原動力となったのでした。
高尾美穂からのメッセージが聞ける「リアルボイス」
高尾美穂先生は「stand.fm」で「高尾美穂からのリアルボイス」で、リスナーの悩みに寄り添いながら親身にアドバイスをしています。
中学時代のいじめなど、さまざまな困難を経験した高尾先生だからこそ、心温まる言葉と実践的なアドバイスができるのですね。
(出典:stand.fm)
・音声配信アプリ「stand.fm」で配信されているこの番組は、「日々をより良く生きるためのヒントを届けている番組です。
・高尾美穂さんの日常や、彼女の経験を基にした実践的なアドバイスを通じて、リスナーがより充実した毎日を送るための参考になるお話が展開されています。
放送目安と主なテーマ
月曜〜日曜(毎日) 22:30〜
・高尾美穂先生の日常を切り取ったエピソード
・ホルモンの変化に合わせて生きるための知識
・ストレスの多い現代社会で、楽に過ごすための考え方
・身体を動かすこと、しっかり休むこと、前向きな考え方を持つこと
・食べ物を選ぶこと、人と良い関係を築くことの大切さ
高尾美穂の名言
高尾美穂さんは、日々の生活の中で前向きに生きるための数々の名言を残しています。
その言葉には、多くの人に勇気や希望を与える力があります。以下は、高尾美穂さんの心に響く言葉です。
(出典:高尾美穂X)
自分を磨くことこそが生きる意味
「パートナーも子どももいない、自分の人生がつまらない、この先生きる意味がないと思っておられる方が少なくないように感じます。生きがいを感じにくい時代とも言えるのかも。結局、生きるとは“自分を磨くこと”だと思ってます。」
自分で自分を褒める大切さ
「誰かに褒められるかどうかを基準にしないほうがいい。自分で自分を褒められるかどうかのほうがよっぽど大事。」
前向きに過ごすための口ぐせ
高尾美穂さんは日常生活に役立つ前向きな口ぐせを持っており、これらの言葉をよく使っています。
こんな言葉を口にすることで、気持ちが軽くなり、前向きに過ごせるようになるかもしれません。
- 「それもそうだね」
- 「分かる気がする」
- 「まぁいいか」
- 「まぁ良しとするか」
- 「まぁいいんじゃない?」
- 「どうにかなるよね」
- 「とりあえずやってみる」
- 「先ずはやってみる」
- 「その話しはちょっと置いといて」
- 「良くがんばってる」
即実行、後悔しないために
「大事なことは即実行。後悔はしたくないから。大切な人を大切にする。その決意こそが、自分を幸せにできる。」
高尾美穂さんの言葉には、自分自身を大切にし、前向きに生きるためのヒントが詰まってるよね
これらの名言を生み出した高尾先生。先生がたくさんの人たちに慕われている理由が本当によくわかるわ
(出典:高尾美穂インスタグラム)
ケーキだけでなく、後ろには「Happy Birthday」と印刷された横断幕も!周りのお友達や関係者の方々によるサプライズ誕生日パーティー。
こうした温かいサプライズからも、高尾美穂さんの人柄がよく伝わってきます。
まとめ
高尾美穂さんは、産婦人科医、スポーツドクター、産業医、ヨガ指導者として幅広い分野で活躍しています。
フォロワーさんのコメントには「『楽』を書いていらっしゃる時の先生の下向きの横顔からも微笑んでおられることが分かります。人生、コレですね。全てが伝わってきます」、と。本当にその通りですね!(出典:高尾美穂インスタグラム)
高尾美穂プロフィール
- 名前: 高尾 美穂(たかお みほ)
- 生年月日: 1974年7月8日(推定)
- 年齢: 50歳
- 出身地: 愛知県名古屋市
学歴
- 高校: 愛知県立旭丘高校
- 大学: 愛知医科大学医学部
- 大学院: 東京慈恵会医科大学大学院
実家・家族構成
- 父親: 橋梁専門の建築士
- 母親: 日本文学を専攻し、茶道を教える先生
- 兄: 7歳年上の外科医
- 母方の伯父: 医師
結婚
- 夫: 医師であり、2018年から重度のギラン・バレー症候群を患い療養中。高尾美穂さんは旦那さんの看病をしながら、忙しい日々を送っています。
- 子供: 現在、子供はいませんが、猫を3匹飼っています。
職業・キャリア
- 高尾美穂さんは、産婦人科医として活動しているほか、スポーツドクター、産業医、ヨガ指導者としても多方面で活躍しています。
- 「日々をより良く生きるため」に、医師としての知識を活かし、広く情報を発信し続けています。
オリジナル手帳に書かれている、高尾先生による素敵な言葉。字もお綺麗なんですね(出典:高尾美穂インスタグラム)
今回は、12月6日(金)20:00放送の「あしたも晴れ!人生レシピ」に出演される産婦人科医・高尾美穂さんを取り上げました。
当日の放送と併せてお楽しみいただけますと幸いです。最後までお読みいただき、ありがとうございました。
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